代表挨拶

領域代表
上阪 直史

(東京医科歯科大学 認知神経生物学 教授)

 学術変革領域研究(B)『脳多元自発活動の創発と遷移による脳のデザインビルド』の領域代表の上阪直史と申します。本領域は令和4年度に学術変革領域研究(B)に採択されました。計画班代表として、水野秀信(熊本大学 国際先端医学研究機構)、千葉逸人(東北大学 材料科学高等研究所)、早川隆(日本大学 医学部)が参加し、上阪を加えた4名の計画班と、研究分担者として玉川直(鹿児島大学 大学院医歯学総合研究科)を含めたメンバーで、本領域は構成されています。

 本領域では、脳の発達を実験的アプローチと数理的アプローチの両方向から理解し、実験と数理とでフィードバックしあいながら融合し、脳発達における新たな概念を打ち立てることを目指します。一個の細胞からスタートした生物は、世界を感知して適切に反応するために適切な神経ネットワークをもつ脳を作る必要があります。外界の経験の無い産まれたばかりの生物の脳は、環境に反応し運動出力を生み出す見事な能力を持っています。実際に、赤ちゃんは手を指で触っていると握り返したり、苦味のある食べ物を与えると嫌がる反応を示したりします。これらのことは動物が胎内にいる間や感覚入力が活発になる前にも強力な発達メカニズムによって脳神経ネットワークが自己組織化され,調整されていることを示唆します。脳神経ネットワークという優れた情報処理システムが作られるメカニズムを解明し、その知見を元に数理モデルをつくることは、神経科学だけでなく、革新的人工知能の開発、ブレイン・マシン・インターフェースの工学的構築、脳疾患への新たな治療戦略の開発など、多くの分野に計り知れない影響を与えます。

 わたしたちは、脳神経ネットワークが形成されるメカニズムとして、発達期の自発活動に着目しました。発達期の神経系において感覚入力が活発になる前から神経細胞が自発的な活動(自発神経活動)をしているという発見は多くの科学者を魅了しています。この発見以来、自発神経活動が神経細胞の正常なシナプス結合やその再編成に必要であることが示されています。さらに近年のイメージング技術の進歩により発達期の自発活動は集団レベルで高度に組織化されていることが明らかにされてきており、それらの自発活動パターンは時間的空間的に多様であり、発達にともない自発活動パターンは変化します。例えば、生後発達期の早い時期に大脳皮質感覚野の自発活動は特定の神経細胞グループ間では同期し、他の神経細胞グループとは非同期であること、発達後期では神経細胞グループの同期活動は低下し、各神経細胞間の活動は全体的に非同期になることが計画班の水野らの研究により示されています。また同期活動とは異なり局所で発生した自発活動が周囲の領域に広がるwaveパターンの活動も観察されています。わたしたちはこの自発活動のパターンやその遷移を脳多元自発活動と呼び、多元自発活動が個々の神経細胞の発達を調節する局所的な情報を担っているだけでなく、神経ネットワーク全体のデザインを可能にする多様な情報を持っていると考えます。そしてそれこそが発達早期から脳全体をデザインし神経ネットワークを構築しているという「自発活動による脳全体のデザインビルド仮説」を提唱しました。本領域ではこの仮説を実験科学と数理科学の両方から検証します。